もらったもの

ものもらいかと、医者へ行くと「これは紙染虹紋蝶のさなぎですね。」と言われた。今どきめずらしいこともあるものだ。医者は私の左目に眼帯をすると、あくびをかみ殺しながら「とにかく安静第一ですよ。」と言った。
 さなぎは、日に日に大きくなった。毎朝、左目が重くなる。
 いつもまぶたの裏側が、
 モゾモゾ ザワザワ
 グルグル ゴワゴワ
 幼蟲がうまれかわるのを、目をとじてひたすら待つ、待つ、待つ。
 モソモソ ゴロゴロ
 ヒソヒソ ギリギリ 
 やがてさなぎは、はちきれんばかりに熱をおびてくる。まだだ。もう少し、もう少し。
 ザワザワ モソモソ
 パチン、パチパチン
 そろそろと、はれぼったくなったまぶたを持ち上げて、紙染虹紋蝶がいっせいに飛びだした。ひといきで、夜空へ虹が駆け昇る。
 ところが一匹、まぬけな奴がいて、私の目の中へ翅を置き忘れていったらしい。以来、私の左目には、ぺったりと虹色の蝶の翅が張り付いている。おかげで人には、紙染虹紋蝶の羽化なんかで失敗したのかとからかわれるが、目を閉じればいつでも虹が見られるのは、そう悪いことでもない。


(2001年 500文字の心臓 タイトル競作投稿)

雨やどり

こんな雨は好都合だ、まっすぐ家に帰らずにすむ。畳んだ傘を軽くふる。丸くて大きな水滴がぱらぱらと散った。軒先からこぼれた滴がジャケットを濡らす。
胸ポケットから、音符みたいにくるまったストローを取り出す。こいつには今日のような雨粒がちょうど良い。ストローの先を、こぼれてくる滴の位置に合わせて吸った。舌の上に苦みとかすかな酸味。鼻の奥からじわっと、重くて湿った匂いがする。
気づくと足下にアマガエルがいた。明るい緑色をした小さな背中が、打たれるように軒先からこぼれ落ちる滴を受けとめていた。カエルは目を細めて、小さな喉をふくらませたりしぼませたりしている。
私が雨粒を吸う、カエルの喉がふくらむ。私が息を吐く、カエルの喉がしぼむ。私が雨粒を吸う。
ピチャン、ピチャン、プッ、プッ。
とカエルが突然飛び上がった。むせた私をしりめに、カエルは畑の中へ。
腕時計がチッチと鳴った。私はストローをポケットにしまう。


(2002年 産経新聞 本間祐の超短編レッスン 掲載)

超短編とは?

超短編は数百文字で書かれた物語です。


1998年にスタートしたアサヒネットの超々短編広場に参加していた時に書いたものと、2001年からスタートした500文字の心臓に参加していた時に書いたものを中心にまとめました。


最近は、また新しいの書こうかなーと思ってます。