雨やどり

こんな雨は好都合だ、まっすぐ家に帰らずにすむ。畳んだ傘を軽くふる。丸くて大きな水滴がぱらぱらと散った。軒先からこぼれた滴がジャケットを濡らす。
胸ポケットから、音符みたいにくるまったストローを取り出す。こいつには今日のような雨粒がちょうど良い。ストローの先を、こぼれてくる滴の位置に合わせて吸った。舌の上に苦みとかすかな酸味。鼻の奥からじわっと、重くて湿った匂いがする。
気づくと足下にアマガエルがいた。明るい緑色をした小さな背中が、打たれるように軒先からこぼれ落ちる滴を受けとめていた。カエルは目を細めて、小さな喉をふくらませたりしぼませたりしている。
私が雨粒を吸う、カエルの喉がふくらむ。私が息を吐く、カエルの喉がしぼむ。私が雨粒を吸う。
ピチャン、ピチャン、プッ、プッ。
とカエルが突然飛び上がった。むせた私をしりめに、カエルは畑の中へ。
腕時計がチッチと鳴った。私はストローをポケットにしまう。


(2002年 産経新聞 本間祐の超短編レッスン 掲載)